ENEOSグループが切り拓く未来:グループ横断の高度なプロジェクト&調達マネジメント
ENEOSグループは、非連続な事業環境に柔軟に対応できる筋肉質な経営体質への転換を目指し、投資効率の改善を急いでいる。大規模なエネルギープラントなどへの投資を加速させているが、こうしたプロジェクトの採算性を厳格に検証し、効率の低い案件を見直す。本連載(全3回)では、プロジェクト管理や調達の旗振り役を務める染谷喜幸CPPO(最高プロジェクト・調達責任者)に、プロジェクトのゲートシステムや調達ネットワークなど、グループを横断した管理の高度化について聞いた。
第3回:ゲートシステム稼働で広がるプロジェクト管理の可能性
プロジェクトネットワーク設置で
継続的に改善が行える組織体制を構築
ノウハウや専門人材の共有も
――今回は、ENEOSグループのプロジェクトや調達の未来について、お伺いしたいと思います。第2回でお話しいただいたプロジェクトガバナンスや調達ネットワークを通じて、グループのプロジェクトや調達をどう変えていきたいですか?
染谷 当面の大きな目標は投資効率を改善することです。投資額に対してリターンが出る取り組みを着実に実践し、収益を上げて、それを株主の皆様に理解していただくことが重要です。プロジェクトを例に取れば、コストの削減も、早期の完成も、投資効率の改善につながっていきます。いろいろなやり方がありますが、私がこれから注力したいと考えているのは必要なプロジェクトをゲートシステムで適切に選別し、効率が低いものには投資をしないことです。そのためにはゲートシステムをきちんと機能させて優良なプロジェクトを選別し、さらに、プロジェクトの遂行が決まったら計画通りのスケジュールで完成させ、予定されていた収益を確保していく必要があります。あとはプロジェクトにかかる適切な費用の積算・支出を徹底し、コストの見える化をしていく。これはCFO(最高財務責任者)の“経営の見える化“を支援する重要な活動になります。さらに、プロジェクトコストの削減機会を追求し、予算内で完成させる。そうした地道な取り組みを続けていくことで、IRR(内部収益率)の改善余地があると見ています。今お話ししたようなことがグループのプロジェクト管理の目指す姿で、効果測定もしっかりできるようにしていくのが私の役目です。調達では第2回で調達ガバナンスと戦略的調達の話をしましたが、その最適化が当面の目標になります。調達ガバナンスにおいては、グループ行動基準に基づく調達活動を徹底します。調達の方針や活動を統一化し、グループとして効率的な調達を行い、コストの削減を図る。戦略的調達では、いろいろな情報を共有して労力を削減したり、品質の良いものを適正価格で調達するベストプラクティスを展開して、グループ全体の収益を上げていくのが目指す姿ですね。

――そこに向けて、ITやデータ分析の活用も進んでいると伺いました。
染谷 そうですね。例えば、大規模プロジェクトでの支出管理はなかなか難しいのですが、今は社内の基幹システム「CoMPASS」で、いつ、どんなところにいくらお金を使ったかがすぐに確認できるようになりました。こうした技術の活用で、今後はプロジェクト管理の省力化が大きく進んでいくと思います。データ活用についても、KPI(重要業績指標)を設定し、コスト削減に調達部門がどれだけ寄与していたのかとか、購入実績や入札率などをデータ化して必要なデータが取り出せるようにしています。
――第2回でCSR調達のお話をされていましたが、ENEOSグループのように大きなサプライチェーンを抱える企業では川下の方の環境負荷や人権問題などへの対応も必要になりますよね?
染谷 私たちが購入している川下の商品やサービスが地球環境に悪しき影響をもたらしていない、あるいは、労働者の人権を侵害していないということを確認するプロセスを今、導入しているところです。外資系のグローバル企業には川下の先の方まで現地視察を行うとか、全てをリサイクル原料にするといったところもあります。ENEOSグループでは各社の取引先調達ガイドラインに記載されている基準を超えた環境負荷や人権侵害はないかを確認するとともに、取引先へのアンケート調査を実施し改善方法を一緒に検討したり、教育資料の提供もしています。こうした取り組みを地道に続けていくことが大切だと思っています。
――収益力の向上とSDGs、財務と非財務の両面からグループの経営に貢献していく形ですね。プロジェクトについてもネットワークを立ち上げたと伺いました。
染谷 そうですね。グループ横断のネットワークをつくる際に、部署は違っても共通した業務をしている中では比較的やりやすいと思うんですよ。でも、プロジェクトの場合は難しい。推進部隊と管理部隊が各社で別々の部署に存在しており、そこを1つのチームとしてまとめていく必要があるからです。そのため、担当者と一緒に主要事業会社を回り、各社の意思決定ができる人たちを集めてネットワークを立ち上げたところです。その中でゲートシステムの改善すべき点を話し合ったり、徹底しきれない部分を検証したり、実施中に生じた課題を共有したりする。まずはそうした場を作り、各社の連携が進めば、私たちが持っているシステムがどんどん良い方向へと改善されていくようになります。目指しているのは継続的に改善が行える組織体制の構築です。それに、プロジェクトの質を高めたいと思った時にネットワークを通じて各社のアドバイスや知見を得ることができれば便利でしょう?グループ内にどんな専門家がいるのかも意外に知られていない面があり、将来的にはネットワークがグループのプロジェクトのブレイン的な存在になり、ノウハウだけでなく人材の共有といったところにもつながっていけば良いと考えています。
――単なるネットワークを超えた“知”の共有や継承にもつながっていきそうですね。
染谷 実は、プロジェクトのリソースについては喫緊の課題があります。日本では20年以上大きなプロジェクトをほとんど実施していなかったため、ENEOSグループで大規模プロジェクトの経験があるのは主に50代以上の層になります。この層が定年で抜けたら、未経験者だけでプロジェクトを回していかなければなりません。ENEOSグループだけでなく、コントラクターも同様の課題に直面しています。私自身も約15年プロジェクトに携わってきて、タイでの大きなプロジェクトでは予算は超過、完成時期も大幅に遅れそうな中、現地に飛んで何とかコスト、スケジュールとも予定通りに収めたことがあります。ぽんと放り込まれて孤軍奮闘ですから本当にきつかったですが、やり遂げたことは経験値だけでなく自信にもつながり、今の私の大きな力になっていると感じます。そうした経験がモノを言うプロジェクトは特定の担当者に集中しがちで、後継者がなかなか育たないというジレンマがありました。ネットワークを通じてENEOSグループのプロジェクトレガシーを継承しながら、グループの中でうまく仕事を回したり、人を育てたりできるようにしていけたら良いですね。専門人材の育成にはコストも時間もかかりますから、グループ全体で取り組むことに意義があります。
――最後に、今回お話しいただいた様々な新しい取り組みの実現に向け、どんなことに注力していきたいですか?
染谷 そうですね。いくらシステムやネットワークを充実させても、それらはあくまでツールに過ぎません。ツールを使いこなして目標を実現していくのは人です。仕組みが理解・納得できない状態では、“やらされている感”が募るだけです。新しい取り組みについては今グループ内で研修を進めていますが、研修だけでは聞きたいことが聞けない社員もいるかもしれません。書面に書き切れない行間を説明するには、直接話をすることが大切です。必要に応じて、私が社員の皆さんとコミュニケーションを取っていきたいと考えています。


