ENEOSグループのイノベーションを起こす力と国際協調の必要性
ENEOSグループは、エネルギー業界のリーディングカンパニーとして再生可能エネルギー、バイオマス、CCS(CO₂の回収・貯蔵技術)などを活用しながら2050年のカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。本連載(全3回)では、ENEOSグループがそこに向けてどのような技術開発や企業戦略を進めているのか、藤山優一郎CTO(最高技術責任者)に聞きました。 前回(第2回)は、「Direct MCH🄬」「合成燃料」「バイオエタノール製造技術」「MatlantisTM」 など、ENEOSグループが推進している様々な革新技術の開発について聞きました。最終回となる今回は、ENEOSグループの開発力、イノベーションを起こす力について掘り下げます。
多彩なオープンイノベーションの創出を支える少数精鋭の「π型人材」研究者/社会実装に向けては「国際協調」が重要
――今回は、ENEOSグループの開発力、イノベーションを起こす力についてうかがっていきたいと思います。
藤山 ENEOSグループでは「Challenge X」という社内ベンチャープログラムを実施しています。社内から広く新規事業のアイデアを募集し、優れた企画はブラッシュアップした上で事業化を目指しています。
このプログラムの成功例の1つが「ENEOSドライアイスジャケット(下図参照)」です。製造現場は屋内外かかわらず高温になりやすく、熱中症対策が求められます。このジャケットは、内側の収納ポケットの中にドライアイスを入れて着用することで効率的に体を冷やすことができるんです。実際に当社の製油所で従業員が試着した際も大変評判がよく、プログラムから初となるスタートアップ(ENEOSアメニティ)を興して社外にも販売しています。
――特定の部署に限らず、全社的に新しいことをやっていこう、新しい技術を創り出そうという気風があるのですね。
藤山 当社には製油所などの「現場」があり、現場で生じる課題や悩みなどが社内で共有されているということも大きいですね。ドライアイスジャケットや前回の自動運転(第2回記事)もそうですが、現場があることで新しいアイデアが出てきた時にはすぐにそれを試すことができます。当社では、こうした強みを生かして、現場で困っていることの解決を目指す技術開発も多数行っています。
――現場にイノベーションの種が落ちているわけですね。さて、藤山CTOはENEOSの研究開発の核となる中央技術研究所(下参照)の所長を務めていらっしゃいました。ENEOSの研究者に共通するDNAのようなものはあるのでしょうか?
藤山 ENEOSグループの研究開発は「少数精鋭」です。大手の総合化学メーカーが1万人近い研究者を抱えているのに対し、当社は数百人に過ぎません。インフラ産業ということもあり、グループ全体で見ても売上高に比して人員が少なく、研究員の数も抑えられています。
必然的に自分たちだけでできることは限られるので、企業やアカデミア、国といったさまざまな機関の人たちとつながって研究や技術開発に取り組んできました。こうした環境なので、専門分野だけをがっつりやる研究者もいますが、外部のいろいろな人たちとの議論から始め、新しい事業なり開発なりを構想するコーディネーター的な人も多いんです。
私は「企業は人」だと考えていて、研究部門も人員が少ないのはウィークポイントになりますから、部下の研究員には「他社と比べて当社の研究員は少ないことを認識した上で常に謙虚さを持っていないとダメだよ」と話しています。 一方で、コーディネートを得意とする研究者が育っていることで、外部との連携が円滑になり、共創やオープンイノベーションにつながっているという面もありますね。
―― 一般的な企業の研究者像とはちょっと違いますね。
藤山 これは当社に限らずではないかと思いますが、研究者の多くは、ある分野の専門家であっても別の専門性もさらっと身に着けてしまう、「π型人材(注8)」的な特質を持っているのではないでしょうか。例えば前回、超高速の原子レベルシミュレータ「Matlantis™」をPFN様と共同で開発したお話をしましたが、開発に携わった当社研究者の半分はコンピュータ・サイエンティストでもなんでもなく、元は石油精製の触媒や化学プロセスの研究者だったんですよ。そういう異分野の人たちがPFN様の一流コンピューター技術者と伍して開発を推進しました。これには驚かされました。
でも考えてみれば、私自身のキャリアを振り返っても大学では化学、大学院の修士課程でバイオ、ENEOSに入社してからは石油精製の触媒と、何度か研究テーマを変えてきました。別の見方をすれば、研究開発に対する基本的なスキルやマインドさえ培っていれば、分野が変わってもしっかり通用するということではないでしょうか。ですから、採用の際は入社希望者に対して、「あなたの専門が何かということ以上に、どのような研究のやり方をしてきたか、どのような思考パターンを持っていたかということの方が重要」という話をよくしています。
――ENEOSグループは日本のエネルギー・素材業界をリードする形で技術開発を進めているわけですが、これから先、開発した技術を社会実装していくことまで見据えると、どんなことが課題になると考えていらっしゃいますか?
藤山 日本のカーボンニュートラル化にかかるコストはグローバルに見ても高い水準にあります。反面、日本のCO₂排出量は全世界の3%程度に過ぎません(注9)。ですから、その日本だけが躍起になってカーボンニュートラル化を進めても、コスト負担が重くなって国際競争力が低下していくだけで、地球温暖化へのインパクトは正直あまりないんです。
そうした見地からも、カーボンニュートラル化は各国と歩調を合わせること、言い換えるなら「国際協調」が非常に重要だと考えています。ENEOSグループとしても、技術開発は着々と行ってカーボンニュートラルへの準備はしっかりしておく一方で、持っている技術をいつ事業化していくのかは、社会の要請に応じて適切なタイミングを見極めていきたいですね。
――いろいろ興味深いお話をありがとうございました。最後に、この記事を読んでくださっている読者の方にメッセージをお願いします。
藤山 ENEOSグループのスローガンは、「『今日のあたり前』を支え、『明日のあたり前』をリードする。」です。 スマートフォンには当社の素材が使われていますし、車を運転される方なら当社のサービスステーションをご利用いただくこともあると思います。その意味で、当社は皆さんにとって「あたり前」の日常を支える存在だと自負しています。
そうした素材やエネルギーは今すぐなくなるわけではなく、皆さんの生活にご不便をおかけしないよう頑張って供給を続けていきます。一方で、カーボンニュートラルの未来をリードするのも当社の義務だと考えています。2040年、2050年といった未来においても、皆さんが快適に生活し、働いていただくために当社の技術が役立っている。当社ではそんな未来図を描いています。当社の思いが皆さんに届き、共に未来を創っていけたら大変心強いです。
第1回「カーボンニュートラル実現に向けたENEOSグループの技術戦略」
第2回「ENEOSグループの革新技術とオープンイノベーション」
注8
π型人材:
人材分類法による人材類型の1つ。2つ以上の専門領域を有し、専門外でも幅広いジャンルの知見を持つ希少な存在。専門領域が1つの「T型人材」やスペシャリストの「I型人材」と比べると、π型人材は複数の分野にまたがる専門性&スキルと幅広い知見を背景に、独創的な発想を生み出しイノベーションを起こせる人材として重宝される傾向にある。
注9
日本のCO₂排出量:
環境省がIEA(国際エネルギー機関)の調査結果を基に作成した「世界のエネルギー起源CO₂排出量(2021年)」によると、日本のCO₂排出量は10億トンで、国・地域別では中国、アメリカ、EU、インド、ロシアに次いで6位。世界全体に占める割合は3%となっている。排出量では中国(106.5億トン)が突出しており、2位のアメリカと合わせて世界のCO₂排出量の45.3%を占めている。