カーボンニュートラル実現に向けたENEOSグループの技術戦略
ENEOSグループは、エネルギー・素材業界のリーディングカンパニーとして再生可能エネルギー、バイオマス、CCS(CO₂の回収・貯蔵技術)などを活用しながら2050年のカーボンニュートラル社会の実現を目指しています。本連載(全3回)では、ENEOSグループがそこに向けてどのような技術開発や戦略を進めているのか、藤山優一郎CTO(最高技術責任者)に聞きました。連載の後半では、ENEOSグループの開発力やイノベーションを起こす力についても掘り下げます。未来のエネルギー社会に向けたENEOSグループの挑戦を分かりやすく紹介します。
エネルギートランジションの選択肢は限られている―「再生可能エネルギー」、「バイオマス」、「CCS」、その3つを中心にできるだけのことをやっていく
――エネルギー・素材業界のリーディングカンパニーとして、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、どんなビジョンを持って取り組んでいるのでしょうか?
藤山 ENEOSグループとしては、2040年に自社排出分(Scope1、2)、2050年には自社以外の間接排出分(Scope3)まで含めたカーボンニュートラルの実現を目指しています(注1)。当社はエネルギーや素材のサプライヤーですから、温室効果ガス排出量を削減するだけでなく、エネルギーや素材の安定供給を維持しながらカーボンニュートラルを実現していく必要があります。そこに向けて今、化石由来エネルギーから次世代エネルギーへのエネルギートランジション(注2)を進めているところです。
――「エネルギーや素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」を両立するのは、なかなかハードルが高そうに思えます。そのために、どんな対策を考えていますか?
藤山 現在、皆さんがお使いのエネルギーや素材の大半は、炭素と水素が結びついてできた「炭化水素」です。よく「脱炭素」という言い方がされますが、炭素だらけの人間社会から炭素が完全になくなることは想定しづらいですよね。2050年のカーボンニュートラル社会においても、何らかの形で人工の「炭化水素」が使用されるだろうと考えています。我々としては温室効果ガスを極力排出しない方法で、これら「炭化水素」を供給し続けていく必要がありますが、その鍵を握るのが、当社の最先端技術です。
当社では、温室効果ガスの排出量削減やエネルギーの効率化、環境にやさしいエネルギーや素材の提供を目指し、さまざまな技術開発を行っています。日本政府の「2050年カーボンニュートラル宣言」によってゴールの時期が決められて計画が前倒しされたほか、政治や経済、世界情勢の変化といった様々な変動要因もあります。このような状況であっても、ブレずに着々と開発を進めていくことが大切だと考えています。
――それでは、具体的な技術戦略についてお聞かせください。
藤山 エネルギートランジションに向けた方策は100も200もあるわけではありません。意外に思われるかもしれませんが、私たちが取り得る選択肢は現状、大きく3つしかないんです。「再生可能エネルギー(以下、再エネ)」、「バイオマス」、「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage=CO₂の回収・貯蓄、下図参照)」の3つです。ENEOSグループでは今、この3つの分野での取り組みを加速しているところです。
再エネ発電を手掛けるのはENEOSリニューアブル・エナジー(ERE)です。太陽光、陸上風力、洋上風力などの事業者として、日本国内で確固たる地位を築き上げることを目指しています。電力の調達・販売を手掛けるENEOS Powerでも、発電設備や蓄電池の使い方を工夫することで、効率よく再エネ電力を皆様にお届けするための技術開発を行っています。
動植物などの生物資源であるバイオマスをエネルギーとして利用するに当たっては、非可食原料をうまく活用していくことが重要です。例えば、バイオマスを微生物の力で分解して作るバイオエタノール。世界で生産されているバイオエタノールはトウモロコシやサトウキビなど食糧を使ったものが多く、飢餓や栄養不足が社会課題となっている中でエネルギー政策を優先させるのかという批判的な意見もあります。そこで、ENEOSでは木や草などの非可食のセルロース系原料を使ったバイオエタノール製造技術の開発を進めているところです。日本は国土のおよそ3分の2が森林ですから、せっかくの資源を活用しない手はありません。
一方、CCSは、大気中に排出されるCO₂を採取して地中に埋めてしまう技術です。これには、JX石油開発が取り組んでいます。JX石油開発はCCSの先進国である米国で既にCCSを活用したEOR(Enhanced Oil Recovery=原油増進回収)と呼ばれるCO₂の回収・有効利用を実現していて、世界的にもトップを走っている状況です。
――「再エネ」、「バイオマス」、「CCS」という3つの分野の技術をいかに使いこなしていくかが課題になるわけですね。
藤山 そうですね。中でもエネルギー基本戦略の主力となるのは再エネです。とはいえ、再エネは他業種やベンチャーなどからの参入も多く、競争の激しいレッドオーシャン市場になっていくことは想定されていました。そこで、ENEOSグループでは何年も前から再エネを効率的に利用するための「時間や空間をずらす技術」の開発に取り組んできました。
電力系統の安定供給を維持するには電気の使用量と発電量を一致させる「同時同量」が求められ、今は需要に合わせて発電量を調整するのが主流です。これは、主として火力発電でやっています。しかし、発電量が天候や風量に大きく左右される再エネだと、調整が困難です。結果として、再エネの発電量が多い昼間は電気が余る状況も生じています。
――それはもったいないですね。再エネ発電の増加によって起こる需要と供給のミスマッチにはどのような対策があるのですか?
藤山 こうしたムダをなくし安定的に電気を供給していくには「エネルギーを貯蔵する技術」が必要になります。代表的なものは「電池」ですが、電池は短時間なら有効な半面、使用時間が長かったり、大量に「運ぶ」必要が出てきたりすると非常にハードルが高くなります。
そこで注目されるのが「水素」です。電気はそのまま貯蔵できませんが、その電気を使って「水」を電気分解して水素にしておけば、貯蔵や輸送が格段にしやすくなります。ここにいち早く着目したのが日本で、政府は2017年に世界に先駆け「水素基本戦略(注3)」を策定しました。その後、アメリカやヨーロッパ、中国などでも水素の技術開発が行われるようになり、巨額の投資を呼び込んでいます。
日本はグローバルな観点で再エネのコストが高いことが課題となっていますが、この水素の技術を使って海外から安い再エネを輸入することにより、国内での需要を満たすことも可能となります。
――なるほど。水素の技術を使えば、再エネを輸入することもできるんですね。
この記事では、ENEOSグループがカーボンニュートラル社会の実現を目指し、「再生可能エネルギー」、「バイオマス」、「CCS」の3つの領域での技術開発を推進していることを紹介しました。特に大手サプライヤーとして社会を支えるENEOSグループでは、カーボンニュートラルの実現を「エネルギーや素材の安定供給」と両立させるために、各種技術の開発とその課題解決に取り組んでいます。次回の記事では、ENEOSグループが取り組んでいる個別の技術開発について詳しくお伝えします。お楽しみに。
第2回「ENEOSグループの革新技術とオープンイノベーション」
第3回「ENEOSグループのイノベーションを起こす力と国際協調の必要性」
注1
Scope1~3:
製造から廃棄までのサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量の分類方法。Scope1は企業が事業活動を通じて直接排出する分、Scope2は他社から供給されたエネルギーを使用することで排出する分を指す。Scope1とScope2の合計が「自社排出分」となる(ENEOSの自社排出分は2023年度で約2500万トン)。これに対し、Scope3はサプライチェーンの上流に当たる原材料調達や、下流に当たる販売後の使用や廃棄によって生じる「間接排出分」のことだ。
注2
エネルギートランジション:
化石由来燃料を主体とした既存のエネルギーシステムから、持続可能で地球環境にやさしい次世代エネルギーシステムに変えていくこと。ENEOSは再生可能エネルギーへの投資を拡大しており、地球環境への影響を最小に抑えつつ、エネルギー供給の安定性を高めることを目指している。
注3
水素基本戦略:
日本政府は2017年に世界初となる水素の国家戦略を策定し、水素の技術を早期に確立して世界に先駆け国内水素市場の構築を目指すとした。これを皮切りに海外でも水素戦略を策定する国が相次いだ。そうした中で世界の水素市場規模予測が拡大、さらにGX(グリーントランスフォーメーション)投資を推進する立場から、政府は2023年に水素基本戦略を改定し、水素社会実現を加速するために「2040年の水素導入目標を年間1200万トンとし、規制・支援一体型制度の構築に取り組む」などの内容を盛り込んだ。