【都市対抗野球大会最多優勝】ENEOS野球部から次のステージへ!小豆澤 誠編:都市対抗野球5回出場&決勝アーチを放った優勝の立役者に聞く!【ENEOS VOICE】
社会人野球の日本一を決める都市対抗野球大会で最多優勝回数を誇るENEOS野球部で優勝に大きく貢献するなど活躍した選手が直面した現役時代とのギャップ、競技を離れたからこそ見えたものから、現在そしてV戦士が描く未来などに迫ります。ニッポン放送の朝の顔、ラジオパーソナリティの上柳 昌彦さんによるENEOS社員へのインタビュー第3弾の1人目は、2022年の都市対抗野球の決勝戦で値千金の勝ち越しホームランを放つなど、都市対抗野球に5回の出場経験があり、現在はENEOS Powerで営業担当として活躍されている小豆澤 誠(あずきざわ まこと)さんです。
※「ENEOS VOICE」は、音声でENEOSグループの事業やビジョンなどをお伝えするコンテンツで
文字を読むのはちょっと…という方もお気軽にぜひお聴きください。
この記事の目次
・上柳 昌彦(うえやなぎ まさひこ)さんのプロフィール(右)
1981年4月にニッポン放送入社。1983年から「オールナイトニッポン」月曜2部を3年間担当。さらに、タモリ、笑福亭鶴瓶、テリー伊藤らのアシスタントとして活躍。定年退職後も、ニッポン放送の早朝番組『あさぼらけ』のパーソナリティを務める。他局への出演も増え、局の垣根を超えた “ラジオの人”として活躍中。
・小豆澤 誠(あずきざわ まこと)さんのプロフィール(左)
1995年生まれ・大阪府出身。静岡・沼津の飛龍(ひりゅう)高校、群馬の上武(じょうぶ)大学を経て、2018年、ENEOSに入社。内野手として活躍し、都市対抗野球に5回出場。2022年の決勝では、値千金の勝ち越しホームランを放ち、優勝に大きく貢献しました。2024年引退。営業担当として新たな一歩を踏み出しています。
都市対抗野球優勝と社員からの「ありがとう」が忘れられない。ENEOS野球部の7年間
上柳:ラジオパーソナリティの上柳 昌彦と申します。普段はニッポン放送の早朝のラジオ番組「上柳 昌彦 あさぼらけ」という番組を担当しています。この企画は、ENEOSのさまざまな方に注目し、その声を伺う「ENEOS VOICE(エネオス ボイス)」と言います。今回、私の目の前にいらっしゃるのは、もう、かっちりとした方ですね。スーツをピシッと着ていて、胸板がしっかりしている感じで、「これは鍛えているぞ」という。そして、すごくかっこいい方なんですね。先ほど写真撮影があったのですけれども、「いい笑顔ですね」とカメラマンさんに言われていました。「カメラ慣れしているんですか」と聞いたら、「いや、そんなことありません」とおっしゃっていましたけど、すごくかっこいい方が座っていらっしゃいます。ということで、今回はENEOSの野球部、多摩川沿いに練習場がありますね。私もジョギングをしていた時はよく通りました。「ここでやっているんだな」と見ていたんですけれども、そのENEOS野球部でアスリートとして活躍し、今はさまざまな部署で活躍されている方にスポットを当ててまいります。題して「ENEOS野球部で培った力を次のステージへ」。では早速参りましょう。
上柳:改めまして、ラジオパーソナリティの上柳 昌彦です。
今回のゲストは、ENEOS Power株式会社 営業推進部 代理店営業1グループの小豆澤 誠(あずきざわ まこと)さんです。
小豆澤:よろしくお願いします。
上柳:やっぱり肩の辺りの筋肉、すごいですね。がっちりとついていますね。
小豆澤:野球時代に筋トレが趣味になりまして(笑)
上柳:筋トレが趣味という感じの体ですね。はい、わかります、わかります。
上柳:さあ、それでは、小豆澤 誠さんのプロフィールを簡単にご紹介いたしましょう。小豆澤 誠さんは1995年生まれ、大阪府のご出身です。小学4年生でソフトボールを始め、中学では硬式野球チームに所属しました。高校は静岡県沼津市の飛龍高校へ、そして群馬県の上武大学を経て、2018年にENEOSに入社されました。野球部在籍中は内野手でした。
上柳:内野手、具体的にはどこだったんですか。
小豆澤:ポジションはセカンドを守らせていただいていました。
上柳:そして都市対抗野球に5回出場。中でも2022年の決勝では値千金の勝ち越しホームランを放ち、ENEOSの優勝に大きく貢献されました。2024年の引退後は営業担当として、新たな一歩を踏み出されています。
上柳:同じ世代で、プロ野球で活躍されている方だと、どの辺りの方がいらっしゃいますか。
小豆澤:現在、オリックスの森友哉選手や、同じくオリックスでWBC日本代表の正捕手を務めました若月健矢選手です。
上柳:なるほど。そういう世代なんですね。さあ、ENEOS野球部時代、いろんなことが本当にあったと思いますけども、一番の思い出というと、今ふっとどんなことが思い浮かびますか。
小豆澤:社会人野球の選手にとって、都市対抗野球はやっぱり特別な意味を持つ大会です。そこで頂点に立つことを目指していましたので、やはり2022年に優勝して、社会人日本一になったことですね。
上柳:そうでしょうね。
小豆澤:2018年に入社してから、なかなか結果が出なくて、都市対抗野球の試合にも出場できない時期が続いたんです。その間も出社すると「お疲れさま。次は頑張って」と言われ続けてきましたが、日本一になって、ようやく皆さんから「ありがとう」と言っていただけたことが、本当にうれしかったです。
上柳:今「出社する」というお話がありましたけども、どういうタイミングで会社の方に行かれるんですか。
小豆澤:大会が終わった後とかに、報告の意味を込めて(出社します)。
上柳:野球部にいる時というのは、ENEOSの会社のどこかの部署に皆さん所属しているわけですか。
小豆澤:はい、そうです。同じ部署の方もいますが、選手一人ひとり違う部署に(所属しています)。
上柳:そういうものなんですか。そして会社に行きますと、「おめでとう」じゃなくて、「ありがとう」と言われたというのは、なんかいいですね。ちょっとね。
小豆澤:優勝できなかった場合は、やっぱり負けてしまっているので、社員から励ましの言葉をもらうことがありました。優勝した時は、「ありがとう」と言われました。
上柳:いいですね。
小豆澤:その前には「感動した」とか「すごく楽しかった」などの言葉もありました。私たちが社会人として野球をできているのは、会社や社員のおかげにもかかわらず、その方々から「ありがとう」と言ってもらえたことが、すごく記憶に残っています。
上柳:社会人野球の都市対抗野球の、スタンドの応援というのも、ものすごいですもんね。
小豆澤:すごいですね。本当に。
上柳:めちゃめちゃ力が入っていますもんね。そんな中で、忘れられないプレーですとか、やっぱり野球選手ですから、がっちりとした体をされているんですけども、ケガなんかも、もしかしたらあったかもしれません。そういう思い出って何かありますか。
小豆澤:2年目の都市対抗野球予選前に、左の靱帯を断裂しまして。セカンドの守備中に盗塁のランナーが滑り込んできて、全治3カ月の診断を受けました。
上柳:左のどこですか。
小豆澤:左肘の靱帯を断裂してしまいました。
上柳:これ、靱帯断裂というと、復帰までどれぐらいかかるんですか。
小豆澤:医者からは全治3カ月と診断を受けたんですけども、筋トレやトレーニングを頑張りまして、約1週間で復帰して、テーピングを巻いて予選に臨みました。
上柳:いや、おかしいですよ、それは(笑) 3カ月休んでくれって言ったでしょう。筋トレ好きかもしれないけども、断裂した靱帯を周りの筋肉でカバーしたってことですか。
小豆澤:はい。当時のトレーナーが、元々ラグビーとかに関わっていた方で(プレーできました)。
上柳:すごいな。精神力みたいなのもすごいだろうし、「チームの皆さんに迷惑をかけられない」とか、「自分が戻らなきゃ」とかいろんな気持ちがあったんでしょうね。まあ、「良い子はまねしないでね」という感じなんですけどね。
上柳:さあ、それでも一生懸命やってきても、やっぱり身を引く時というのはやってくるわけですよね。スポーツの場合は。この引退ということを決めたきっかけは、どういうことがあったんでしょうか。
小豆澤:やっぱり野球選手として、体が思うように動かなくなってきたのは実感していまして、結果もなかなか出せず、試合の出場機会も減ってきたことで、「今年、引退かな」と感じるようにはなりました。
上柳:自分のことは自分が一番わかりますからね。体がちょっと、前みたいに動かないとか、なんかいつもより重い、いつか軽くなるだろうと思ったら軽くならないままとか、いろいろあるんでしょうね。自分とすごく会話するんじゃないですか。
小豆澤:そうですね。社会人野球を始めた時は、最初の方は本当にストレッチとかダウンとかも、いらなかったです。年を重ねるごとに、そういうことをおろそかにしていると、けがも増えてきたので、本当にそういう基礎というか、当たり前のことがとても大事だなと思いましたね。
ENEOS野球部から社業へ。ゼロから始まった新たな挑戦
上柳:自分の体とずっと向き合って、自分の中で話したんだろうなというふうに思いますけれどもね。そして引退ということになると、今度は会社の業務の方に戻ると言いますか、就くわけですよね。この時はどんなことを思いましたか。
小豆澤:本当に会社でちゃんと仕事できるかなって、素直に思いましたね。
上柳:毎日ずっと野球の練習を一生懸命やってきて、自分の体をつくってきて、メンテナンスしてきて、さあ今度は毎日、デスクなのか外回りなのかわかりませんけども、仕事に就く。一番苦労したことって何ですか。
小豆澤:やはり言葉ですね。野球部を引退して最初に配属されたのが、ENEOSでんきを担当する部署でした。まずは電気のことを勉強して頭に入れていたんですけれども、どうしても代理店さんとはガソリンとか燃料の話になることがあるんです。最初は代理店さんが何をおっしゃっているのかがわからなくて、本当に苦労しました。
上柳:ENEOSの関係者の方は、今、「あ、ENEOSでんき」と思うかもしれませんけど、大手の電力会社というのはありますけれども、ENEOSも電気をやっているということなんですよね。で、「うちの電気、どうですか」と行くと、やっぱりガソリンとか石油の話になってしまう。「あ、ちょっとそっちの話はまだ勉強してないんですけど」みたいになっちゃうこともあったという。それはそうですよね。
上柳:そういう生活の中で、どんな方々に支えてもらったなというふうに今思いますか。
小豆澤:上司で野球部のOBでもある山岡マネージャーをはじめ、同じグループの皆さんにはとても助けていただいたんですけれども、それとは別に、他のグループの皆さんにも本当にたくさんサポートしていただきました。
上柳:上司の方は、もともと野球部のOBの方だったんですか。
小豆澤:そうですね。私の1年目の時の野球部の監督です。
上柳:ああ、それは良かったというか、わかっていただいたというか。そういうこともあるんですね。
上柳:さあ、そして今の小豆澤さんは、営業推進部 代理店営業1グループというふうに書いてありました。具体的にはどんなお仕事をされているんですか。
小豆澤:主に東京、埼玉、千葉エリアにある代理店さんを通じたENEOSでんき、ENEOS都市ガスの販売を担当しています。特にサービスステーションにお越しになるお客さまに向けて、よりお得に電気やガスをご利用いただけるような働きかけに取り組んでいます。
上柳:なるほど。仕事をやっていて、「やっとENEOSに貢献できたな、俺は」って実感した出来事というのは、何かありますか。
小豆澤:正直、まだ「これだ」というものはないんです。でも、あえて言うならば、自分が担当している代理店さんが年間目標を達成してくださったことです。これからもっと経験を積んで、会社にしっかり貢献していきたいです。
ENEOS野球部で培った力を、最大限に活かして次のステージへ!
上柳:そうでしょうね。さあ、野球部で頑張ってきた経験というのが、今のお仕事に活きているなと思う点って、何かありますか。
小豆澤:代理店さんとのコミュニケーションですね。現役時代の私を知ってくださっている代理店さんが多くて、最初からすごく話しやすい雰囲気をつくっていただいています。また、「小豆澤君が来るなら電気もっと頑張るよ」と、野球好きの代理店さんに言っていただいたこともありました。
上柳:うれしいですね。
小豆澤:はい。一方で、まだ野球に頼っている部分があるので、経験を積んでサポートできる人材になりたいです。
上柳:私、この企画で何人ものENEOSの社員の方にお会いしましたが、なんか、こう、温かさを感じる会社だなって本当に思っているんですけども。小豆澤さん、そのあたり、どういうふうに思われますか。
小豆澤:本当に、ENEOSという会社の一番いいところは、人の温かさだと思います。野球をしている時も、社員として働く今も、周りの皆さんに助けてもらっていると感じる場面が本当に多いです。そういう人の温かさや支え合う雰囲気があるところが、ENEOSの良さだと思っています。
上柳:なるほど。野球好きの代理店の方とか、そういう方がいたら、やっぱりそういう話で盛り上がるだろうし、「ちょっと体を鍛えようと思うんだけども、どういうふうにしたらいいかな」とか、相談したくなるようながっちりとした体をされているんですけどもね(笑)
上柳:さあ、おしまいに。もしもですね、多摩川のグラウンドで一生懸命練習し、そして都市対抗野球に出ていた、野球の現役時代の自分に、もし今、声をかけられるとしたら、小豆澤さんはどんな声をかけたいなというふうに思いますか。
小豆澤:とりあえず、「すぐにExcelの勉強をしろ」ですね(笑)
上柳:Excel…そうでしょうね。あれ、使いこなせないとなかなかね、デスクワーク的にはね(笑)
小豆澤:何が何だか、全くわからなかったんで。
上柳:私もいまだによくわからないので苦労するんですけれども。ああ、そうですか~
上柳:はい、ということで、今回はENEOS Power株式会社 営業推進部 代理店営業1グループの小豆澤 誠さんにお話を伺ってまいりました。どうもありがとうございました。
小豆澤:ありがとうございました。
上柳:ということで、ここまでのお相手、ラジオパーソナリティの上柳 昌彦でした。
まとめ
ENEOS野球部で7年間プレーした小豆澤 誠さんは、都市対抗野球に5度出場し、2022年には優勝に大きく貢献しました。特に印象に残っているのは優勝そのものと、社員から「おめでとう」ではなく「ありがとう」と声を掛けられた経験だといいます。2024年の引退後はENEOS Powerで営業業務に従事し、電気やガス販売に携わっています。社業への転身では専門知識やExcelに苦労しましたが、ENEOSの良さである人の温かさや支え合う雰囲気に助けられながらも、会社に貢献すべくENEOS野球部で培った力を、最大限に活かして新たなキャリアを切り拓いています。今後のさらなる活躍に期待ですね!



