気候変動のリスク/機会への対応(TCFD)

基本的な考え方

気候変動への対応は、エネルギー・素材を扱うENEOSグループにとって、経営上の重要なリスクであり、かつ機会です。
この課題に真摯に向き合い、その解決に努めてこそ、将来にわたって継続的に利益を生み出すことができると確信しています。この決意を明確に示すため、長期ビジョンにおいて「エネルギー・素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」の両立に挑戦していくことを表明しました。
具体的には、当社排出分(Scope1・2)について、2030年度に向けて2013年度比温室効果ガス46%削減を、2040年度にはカーボンニュートラル実現を目指します。また、2050年度のScope3を含むカーボンニュートラルの実現に向け、製油所・製造所、製錬所の省エネ化のほか、エネルギー分野で再生可能エネルギーの拡大、水素・カーボンニュートラル燃料等の早期実用化を通じてエネルギートランジションを推進します。素材・サービス分野では、素材原料転換やシェアリングサービス等によるサーキュラーエコノミーの推進、削減貢献量の拡大に取り組みます。
また、当社は、2019年5月に「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言」に賛同・署名し、情報開示の強化・充実を図るとともに、2020年6月に経団連のチャレンジ・ゼロ活動に賛同・参画し、気候変動課題の解決に向けた技術開発に挑戦しています。

TCFD開示の全体像

ガバナンス 気候関連のリスクと機会に関する組織のガバナンスを開示する 参照箇所
a 気候関連のリスクと機会に関する取締役会の監督についての説明をする
b 気候変動関連のリスク及び機会を評価・管理する上での経営者の役割を説明する
戦略 気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす実際のおよび潜在的な影響を、そのような情報が重要な場合は開示する 参照箇所
a 組織が特定した、短期・中期・長期の気候関連のリスクと機会を説明する
b 気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす影響を説明する
c 2℃以下のシナリオを含む異なる気候関連のシナリオを考慮して組織戦略のレジリエンス(強靭さ)を説明する
リスク管理 組織がどのように気候関連リスクを特定し、評価し、管理するのかを開示する 参照箇所
a 気候関連リスクを特定し、評価するための組織のプロセスを説明する
b 気候関連リスクを管理するための組織のプロセスを説明する
c 気候変動リスクを特定し、評価し、管理するためのプロセスが、組織の全体的なリスクマネジメントにどのように統合されているかを説明する
測定基準(指標)と
目標
気候関連のリスクと機会を評価し、管理するために使用される測定基準と目標をそのような情報が重要な場合は開示する 参照箇所
a 組織が自らの戦略とリスク管理プロセスに対して、気候関連のリスクと機会の評価に使用する測定基準(指標)を開示する
b Scope1、Scope2、該当する場合はScope3のGHG排出量、および関連するリスクを開示する
c 気候関連リスクと機会を管理するために組織が使用する目標、およびその目標に対する進捗を開示する

気候変動関連のガバナンス体制

当社グループは、当社社長を議長とする「ENEOSホールディングス経営会議」において、グループ横断的な視点から、将来の事業計画等の気候変動対応の審議および活動状況の総括・評価を行っています。また、経営会議での審議、総括・評価の結果を「ENEOSホールディングス取締役会」へ報告し、取締役会の監視・監督を受けています。

2022年度における審議の頻度

取締役会および経営会議

  • 2021年度のESG活動状況および重点対応リスク事象に関する対応状況報告(4月)
  • 第3次中期経営計画におけるカーボンニュートラル基本計画の策定方針について(12月)
  • 2023年度重点対応リスク事象選定、ESG重点課題特定(2月)

気候変動対応と役員報酬の連動

当社の役員報酬は、役割に応じて支給される月額報酬、業績に連動する賞与および株式報酬の3種類で構成しています。このうち、株式報酬には在庫影響を除いた営業利益、ROEなどの財務指標に加え温室効果ガス排出削減量を業績指標として採用しています。
これは温室効果ガス排出削減に向けた当社の姿勢を示しており、中長期的な視点に立った競争力の高い事業戦略を策定・実行するインセンティブとして機能することを企図しています。

シナリオ分析

当社グループは、シナリオ分析にあたり、世界エネルギー需要の長期的見通しについてはIEAのWorld Energy Outlook 2022(WEO)STEPS*1、APS*2およびNZE*3を、気候や海面変化といった物理的なリスク評価についてはIPCCの代表的濃度経路(RCP*4)を参照し、リスク・機会を特定しています(下表「気候変動に伴うリスク・機会の財務影響」参照)。
2019年に公表した長期ビジョンの見直しに際し、WEOの複数のシナリオを検討し、その中間シナリオを当社グループのベースケースとしました。その結果、長期ビジョンで描く社会シナリオの方向性は2019年当時と変わらないものの、脱炭素に向けた変化のスピードは想定よりも加速すると考えています。
ベースケースシナリオにおけるリスクとしては2040年社会における国内燃料油需要が2019年比でおよそ半減する一方、機会としては脱炭素・循環型資源由来のエネルギー市場の成長と、その中での環境価値取引の一般化が見込まれます。また、EV・シェアリング等のモビリティ関連、生活を快適にするライフサポート関連の高付加価値サービスや、リサイクル資源、デジタル機器等に必要な高機能材料、先端材料等の需要が拡大していくと見込んでいます。
当社グループは化石燃料から脱炭素分野中心のポートフォリオへの移行期において、燃料油の需要動向等も注視しながら、エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル社会の実現を両立していきます。当社グループは1.5℃を含む複数シナリオへの対応についても、変化に対応できる多様な手札を持って投資・実証等を進めており、高いレジリエンスを有しています。
世界がカーボンニュートラル実現に向けた対応を加速しても、高いレジリエンスを有する当社は日本のエネルギートランジションをリードし、脱炭素社会の形成に大きく貢献します。

  1. *1Stated Policies シナリオ(現在公表されている各国の政策を反映したシナリオ)。
  2. *2Announced Pledges シナリオ(各国の意欲的な目標が達成されると仮定したシナリオ)。
  3. *3Net Zero Emissions by 2050 シナリオ(2050年に世界でネットゼロを達成するシナリオ)。
  4. *4Representative Concentration Pathways(将来の温室効果ガス濃度を想定した気温上昇等に関するシナリオ)。

社会シナリオイメージ

気候変動に伴うリスク・機会の財務影響

当社は、グループ経営に関するリスクを適切に識別・分析して的確な対応を図るため、全社的リスクマネジメント(ERM)を整備・運用しています。このプロセスから気候変動対応は経営上の重要なリスクと捉え、かつ機会とも認識しており、下表に示す項目を特定しています。
財務影響については、移行リスクは当社ベースシナリオ、物理リスクはストレスケースとしてIPCC RCP8.5シナリオ*に基づき試算していますが、多くの潜在的リスク・不確実な要素・仮定を含んでおり、実際には重要な要素の変動により大きく異なる可能性があります。

  1. *IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価シナリオで、世界の平均気温が2100年までに1986年~2005年と比べ約4℃相当上昇するシナリオ。

気候変動に伴うリスク・機会の財務影響

項目名 財務影響
短期
(2025年)
中期
(2030年)
長期
(2040年)
評価方法
移行リスク
  • カーボンニュートラル達成のために要するコストの増加
なし 300億円/年 1,200億円/年 2030年の目標削減量400万トン、2040年の目標削減量1,900万トン全量を炭素クレジット購入した場合の営業利益減少額
炭素クレジット価格(50ドル/t-CO2*1)×数量×為替
  1. *1内部炭素価格
  • 技術革新によるEVの普及加速による石油需要減
  • 環境意識の高まりによる石油需要減
影響は限定的 約500億円/年減少 約1,000億円/年減少 2019年比2030年に国内石油需要が約2割減、2040年に約半減した場合の営業利益減少額
(第3次中期経営計画の2025年度の利益目標をベースに算出)
  • 石油上流資産の座礁化
リスクは限定的 保有する石油上流資産の埋蔵量を、現行生産量で割り戻した可採年数から推定
物理リスク
  • 異常気象(大型台風等)と海面水位の上昇による極端な風水害の発生、過酷度の増加
1~2億円/年 IPCC RCP8.5シナリオを参照し、国内に保有する製油所・製錬所等31カ所の設備・資産を対象に、WRI Aqueduct*2等を用い被害総額(営業利益減少額)を試算
  1. *2世界資源研究所(World Resources Institute)が開発した水リスク評価ツール
  • 温暖化に伴う海面上昇
リスクは限定的 Aqueductが予測する2040年時点の日本近海における海面上昇量(約0.2メートル)から推定
機会
  • 再生可能エネルギー、水素、カーボンニュートラル燃料に対する需要増加
周到な準備と展開フェーズ ~500億円/年 ~2,000億円/年 脱炭素・循環型社会の進展に伴い、再生可能エネルギー、水素、カーボンニュートラル燃料に対する需要の増加が見込まれ、推定される市場規模と当社シェア、営業利益率について一定の仮定をおき試算した当期利益
  • EV充電や環境に配慮したモビリティサービスの拡大
周到な準備と展開フェーズ ~500億円/年 ~1,000億円/年 脱炭素社会に向けて普及が見込まれるEV充電の需要増加や、環境に配慮したモビリティサービス等のビジネス機会拡大が見込まれ、推定される市場規模と当社シェア、営業利益率について一定の仮定をおき試算した当期利益
  • 環境負荷の削減効果を持つ製品の需要増加
  • 循環型資源由来(リサイクルを含む)の素材の需要増加
1,000億円/年 ~1,500億円/年 ~2,000億円/年 温室効果ガス排出削減貢献につながる製品の需要拡大や、サーキュラーエコノミーに対応した循環型資源由来の素材の需要増加が見込まれ、推定される市場規模と当社シェア、営業利益率について一定の仮定をおき試算した当期利益

物理リスクの評価

物理リスクを評価するにあたり、外部専門家であるSOMPOリスクマネジメント(株)の客観的な視点から、IPCC RCPシナリオを参照して検証しました。シナリオは、ストレスケースとしてRCP8.5(4℃上昇相当)、当社のベースシナリオに近いケースとしてRCP4.5(IEA WEOにおけるSTEPS相当)、RCP2.6(APS相当)をそれぞれ採用しています。国内に保有する製油所、製錬所等、31カ所の設備・資産を対象にWRI Aqueductなどを利用して洪水による浸水被害額をシミュレーションした結果、ストレスケースにおいて現在は年間平均で1億円強、2040年時点では年間平均で1~2億円程度の被害額が見込まれます。
近傍に大きな河川がある、または台風通過時の風の吹き寄せにより、高潮が懸念される拠点で被害が大きくなる傾向がありますが、それぞれリスクに応じた対策を講じており、全体的な影響は軽微です。

内陸洪水による年間期待被害額

沿岸洪水による年間期待被害額

リスク・機会に対応した事業ポートフォリオの構築

当社グループは、国際動向等から社会がカーボンニュートラルへ進むことは確実である一方、カーボンニュートラルエネルギーの主役が何になるか、必要な技術ブレイクスルーの時期は不透明であり、政策動向等を勘案すると、2030年頃に本格分岐が見えてくると考えています。当社はどのようなシナリオにも対応できる高いレジリエンスを有しており、2030年頃に到来する本格的な分岐点に向けて、技術的・戦略的な優位性の確立に向け、取り組みを進めていきます。
2030年の分岐点を見据え、必要な投資は行っていきますが、技術の開発、有力なパートナーとの連携、国からの支援制度の活用、人材の育成等、バランスシートに計上されない無形資産の形成に注力していきます。
また一方で、既存の化石資源由来のエネルギー事業について、国内市場の需要減少に合わせてスリム化、効率化していきます。人材をはじめとする無形資産を第3次中期経営計画中にしっかりと蓄積し、先駆者としてのアドバンテージを確立します。そのうえで、脱炭素市場の成長を見ながら、有望な分野への投下資本を2030年以降に拡大していきます。投下する資本の規模感としては、2040年には全体で2025年度の1.3倍とするような計画です。
現在、当社グループの収益の過半を化石エネルギーが占めています。第3次中期経営計画では「確かな収益の礎の確立」「エネルギートランジション実現への取り組み加速」「経営基盤の強化」を基本方針とする諸施策に取り組み、現在の事業ポートフォリオでの収益最大化を図ります。
並行して、2030年までに、脱炭素への先行投資に加え、EV充電や地域・個人ニーズに即した生活プラットフォームの事業基盤を構築します。エネルギートランジションが浸透する2040年頃には、CCS等によってオフセットした化石エネルギーと脱炭素エネルギーで5割、素材と生活プラットフォームで5割という収益ポートフォリオを見込んでいます。

長期ビジョンにおける事業領域別投下資本規模・収益規模

  1. *1事業別の固定資産残高+在庫等の運転資本。
  2. *2インキュベーションを含む。2025年度目標は除きで7%以上。
  3. *3親会社所有者に帰属する当期利益。

内部炭素価格の設定

当社グループは、CO2排出削減に資する事業への転換を推進すべく、$50/トン*の内部炭素価格を参照用として導入し、CO2排出量の増減に伴うリスク・機会とそれらの影響を把握しています。CO2削減の価値を具体的に設定することによって、CO2排出削減に貢献する省エネなどの効率化投資や、脱炭素エネルギーへの転換に資する新たな投資アイテムの創出を促すとともに、カーボンニュートラルの達成に向けた事業ポートフォリオ構築を加速していきます。
なお内部炭素価格の水準については事業環境の変化に応じて適宜見直していきます。

  • *ENEOSおよびJX石油開発の事業領域を対象。

公正な移行に向けた対応

当社グループは、脱炭素社会へ向けた事業ポートフォリオの構築にあたり、移行期の社会経済を動かし続けていくために要するさまざまな社会的・経済的負担を最小化することが必須であり、当社グループがすでに保有する製油所、サプライチェーンなどの資産や、業務に習熟し士気の高い人的資本、地域経済とのつながりをはじめとする厚みのある社会関係資本など、強みを最大限に活用することが最も効率的であると考えています。
例えば、当社グループが推進する水素サプライチェーン構築では、保有する製油所や物流・SSネットワークなどを活かすことで、競争優位性を獲得するとともに、そこに携わる従業員や関連企業、地域コミュニティの雇用・労働状況および生活への影響を最小限に抑えることが可能となります。
こうした考えはILO(International Labour Organization)の「公正な移行に関するガイドライン」に示される方向性にも一致しています。
また、当社グループは2年ごとに国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいた人権デュー・ディリジェンスを実施しており、定期的な点検と対応を通じて移行期における取り組みを推進していきます。

指標と目標

当社グループは、2023年5月に公表したカーボンニュートラル基本計画において、2040年度までに自社排出分(Scope1+2)のカーボンニュートラルを目指すことを表明するとともに、政府や他企業と歩調を合わせて、2050年度にScope3を含めたカーボンニュートラル実現を目指し取り組みを進めています。
なお、自社排出分については2025年、2030年に、Scope3を含む部分については2025年、2030年、2040年に、それぞれ中間目標を定めています。
当社はこの目標の設定にあたり、パリ協定における1.5°C目標に沿ったシナリオを含む複数シナリオを検討しています。

CO2排出量実績については地球温暖化防止をご参照ください。

当社の温室効果ガス削減に向けたロードマップ

  1. *1基準年(2013年度)の温室効果ガス排出量:36百万トン。国内分算出方法を地球温暖化対策推進法(温対法)から、GX-ETS基準に変更することに伴い、2022年5月公表時(30百万トン)から数字を修正。トランジション・リンク・ボンド(2022年6月15日発行)の目標に変更はないが、2030年度温室効果ガス排出量目標については16百万トンを19百万トンへ読み替える。
  2. *2基準年(2021年度)のメタン排出量:1,600トン。

社会の温室効果ガス削減に向けたロードマップ

  1. *1Sustainable Aviation Fuel(持続可能な航空燃料)の略で、バイオマスや廃棄物、廃食油を原料とする低炭素の航空燃料。
  2. *2バイオ燃料+合成燃料。
  3. *3ナフサクラッカー由来の製品生産量に対するグリーン原料(廃プラリサイクル油、バイオナフサ等)の投入比率。
  4. *4水素、カーボンニュートラル燃料による削減貢献量(2040年度)は2,000~5,000万t-COe程度を見込む
  1. *1IEA「STEPSケース」を参考に当社想定。
  2. *2IEA「APS/NZEケース」等を参考に当社想定。